篠原ともえ

篠原ともえ

篠原 ともえ (しのはら ともえ、1979年3月29日 - )は、日本の歌手、タレント、女優、デザイナー、音楽プロデューサー。1990年代末期に個性的なファッションと強烈なキャラクターで、「シノラー」ブームを巻き起こした。

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歌曲 专辑 时长
1
ウルトラ リラックス
TV动画《玩偶游戏》OP2 TVアニメ「こどものおもちゃ」OP2テーマ
HQ
ALL TIME BEST

04:34

2
-:*Oh Yes Say LaLa*:-

05:19

3

03:46

4
ALL TIME BEST

04:12

5
ALL TIME BEST

03:27

6

04:20

7
Supermodel

04:04

8
Supermodel

03:54

9
Supermodel

04:27

10
Dream & Machine

04:31

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篠原ともえ个人资料

略歴

東京都青梅市出身。10歳の頃からデザインに興味を持ち、人形の服や小物を自作するようになる。幼少時は大人しい性格だったが、小学4年の時にバレエを始めたのを機に明るい性格に変わる。中学1年の時に軽音楽部でバンドを始め(ギター兼ボーカル担当)中学3年の夏休みにソニー歌手オーディションに合格し、新人開発部に所属。デビューに向けてボイストレーニングのレッスンを受ける。 1994年4月、東京都立八王子工業高等学校・応用デザイン科に進学。 1995年春、ソニーのラジカセ「Dr.CHANGER」のCMの企画を持ってきたディレクターに見出され、石野卓球プロデュースにより。同年7月1日に「篠原ともえ+石野卓球」名義のシングル「チャイム」でデビュー。 1996年春から夏にかけて、シングル「やる気センセーション」「クルクル ミラクル」のプロモーションで積極的に音楽番組に出演し個性的なキャラクターが注目され[3]、 同年10月から音楽バラエティ番組『LOVE LOVEあいしてる』にレギュラー出演。ゲストの楽屋襲撃コーナー「篠原ともえのプリプリプリティ!!」での機転の利いた傍若無人ぶり、ハイテンションなキャラクターで人気を得ると、数々のバラエティ番組でひっぱりだこになる。 1997年3月1日石野卓球プロデュースによる最後のシングル「ウルトラリラックス」を発表。 この年に東京都立八王子工業高等学校・応用デザイン科を卒業。高校の推薦により戸板女子短期大学・被服科に進学するが、裁縫技術を学ぶため翌年に文化女子大学短期大学部・服装学科を一般受験し再入学。 同年4-6月、ドラマ『FiVE』で連続ドラマ初出演。同年8月には映画『デボラがライバル』で銀幕デビュー。 1998年、初のバラードシングル「ココロノウサギ」を発表。エステティックサロン・たかの友梨のTVCMとして本人も出演している。前年からCMで共演していたユースケ・サンタマリアとのユニット「カロゴンズ」として2枚のシングルを発表。同年8月発表のアルバム『MEGAPHONE SPEAKS』からはセルフ・プロデュースのもと、作曲を始める。 1999年、DREAM MACHINEレーベルからシングル「君んち。」を発表。東京都内(23区)の駅構内や列車内中吊りに非売品CDを組み込んだポスターを貼り出し「ご自由にお持ち帰りください」という前代未聞のプロモーションを行い、同年3月29日、20歳の誕生日記念の日本武道館ライブでは一階アリーナ席をステージにし「篠原ともえお誕生日会 IN しのドーム」と題し無料ライブを行った。 2000年1月、ファッションショー「しのコレ~21世紀に作る21歳の篠原ともえがデザインする21体の服~」を在学中の大学にて開催。同年10月に作詞・作曲・衣装デザインを手掛けたミュージカル「天使からの招待状」で初舞台。 2001年文化女子大学短期大学部・服装学科を卒業。同年ミュージカル「ありがとうサボテン先生」では出演・コスチュームデザイナーとして参加。 2002年 初めてのストレートプレイ舞台・第九回竹中直人の会「月光のつゝしみ」に出演。。同年So-netによるインターネットコンテンツ「Happy Store」では日本初の生中継でのレギュラーパーソナリティを務め話題となった。 2004年から2008年までキッズステーションの教育番組『モンすたージオ』で歌のお姉さんとして出演の他、本人のコスチューム製作を担当し本人作詞・作曲による楽曲提供も行う。 2005年、アニメ「こどものおもちゃ」がフランスのテレビ局でも放送され、篠原が歌っていた後期OP曲「ウルトラリラックス」にも注目が集まり、クラブで頻繁にプレイされるなどヨーロッパで注目を集める。そのため、篠原は2005年11月、2006年3月・6月に渡仏、パリでライブを行なっている。 2004年、アストリッド・リンドグレーンの童話『長くつ下のピッピ』原作のミュージカル『ピッピ』に主演をつとめ、2006年には全国5ヵ所(東京、神奈川、愛知、大阪、福岡)で再公演された。以後、積極的に舞台に出演。ミュージカル「ブラッドブラザーズ」(リンダ役)、音楽劇「ファウスト」(マルガレーテ役)、 白井晃演出「三文オペラ」(ポリー役)など、様々な作品のヒロインとして抜擢された。 2008年には イッセー尾形の舞台「びーめん生活」に出演。同年蜷川幸雄演出「表裏源内蛙合戦」では妖艶な花魁を演じる。 2009年 布一面に描いたイラストをその場でカットして即興の服を作る自主イベントを企画し2010年「篠原ともえデビュー15周年記念ライブ ULTRA RELAX DAY 2010」をリキッドルームにて開催。同年、色彩検定・カラーコーディネーター検定合格。12月、社団法人日本アロマ環境協会のアロマテラピー検定2級に合格。翌年、天文宇宙検定3級に合格し、星空博士の称号を取得。 2011年 NYジャパンソサイティ主催の特設ステージにてバンドヒカシューと共にニューヨークでのライブに出演。この年、自身初のロックフェスライジング・サン・ロックフェスティバルに出演し、同夏、デビュー時まで在住した東京都青梅市でのライブを開催し、衣裳製作・総合演出も手がけた。 2012年 10代の頃から自宅で製作&録音していた楽曲を、作詞、作曲、プログラミング、アートワーク、イラストデザイン、衣裳製作を手がけ完全プロデュースアルバムとして二作リリース。CD発売記念ライブではアンプラグド編成による芝居仕立てのライブを行なう。 2013年 全国公開予定のことでん100周年記念作品「猫と電車」では、映画初主演。オープニング・挿入歌・エンディングテーマ曲は自身製作のアルバム「-:*Better*:-」から楽曲が起用されている。同年5月から古舘プロジェクト所属となる。

人物

シノラー

1996年夏から1998年にかけて、個性的な篠原のファッションを模倣するティーンエイジャーの女性が数多く現れ、一種のファッションリーダーと化した。当時華盛りだった安室奈美恵のファッション「アムラー」と共に「シノラー」と呼ばれるファンを多く抱え、子供や女の子だけにとどまらず男女・年齢問わず男シノラーや親父シノラーが登場するなど社会現象となる。まもなくその名が篠原の愛称にも転じた。当時の公式サイトも「SHINORER'S CLUB」という名称で、1997年1月1日~2003年4月にはファンクラブ「SHINORER'S CLUB"ぽよよ~ん"」が設立されていた。 シノラーファッションの構成要素は、お団子頭とぱっつん前髪、(初期はSUPER LOVERS)、ハーフパンツにサスペンダー、くしゃくしゃ靴下にごつごつとした靴(初期はドクターマーチン)、顔に星などのシールを貼り、100円ショップで売っているキラキラしているアクセサリー、おもちゃの腕輪と目玉指輪、腕時計、縁日の露店で売っている腕パッチン(篠原曰く「ミラクル・パッチン」)と、おもちゃをいっぱいに詰め込んだポシェット、ゴーグル、髪にはモールや、ウサギ帽子などを被り、羽を付けたランドセルなど。以上の品をランダムに身に付ける。いわゆるナゴムギャルに類似しており、石野卓球からは「ナゴムギャルが、10年経って商品まで昇華したのが、篠原ともえだ」と言われている。シノラー初期は自身で衣裳を制作しており、スタイリストがついてからはデザイン画を描き、オリジナルの衣裳を作っている。 トレードマークのお団子頭は事務所に所属する前に「自分が一番伝わるスタイル」と自分で考え出したもので、前髪パッツンは切ると気合が入るから。黒髪、太眉であるのも特徴。 シノラーグッズは篠原本人がデザインをしたもので「シノラー人形」やビニール素材のダッコちゃん人形風の「しのタコ」といった商品もライブ会場で発売され「しのタコ」は類似コピーされたものが縁日等でも売られていた。「シノラー人形」は初期のシノラーバージョンと、後期のうさぎシノラーバージョンの二種類があり、フジテレビ「HEY!HEY!HEY!」の出演の際には松本人志にプレゼントしたシノラー人形を投げられている。 篠原本人は、1997年12月に発表した初のバラード「ココロノウサギ」以降、シノラーファッションをすることは徐々に少なくなり、色使いも変わりスカートを履いたり髪を下ろしたヘアアレンジなど女性らしい服装へと変化しており、2008年1月8日には小学生の頃から伸ばしていたロングヘアーを切りショートボブにしている。以後、かつてのトレードマークにもなっていたシノラーファッションはしばらく陰を潜めていたが、2010年「篠原ともえデビュー15周年記念ライブ ULTRA RELAX DAY 2010」にて、当時のシノラーファッションでピエール瀧と共にシノラーファッションで登場している。また、2012年11月11日に放送されたテレビ朝日「シルシルミシルさんデー」の2時間スペシャルに出演した時にはシノラーファッションで登場した。以後、同番組に出演した時は、全身がシノラーファッションか、ベースがレディーススーツといった大人っぽい服装であってもシノラーファッションのアイテムでもあるランドセルやシノラー人形、カラフルな羽根などのアクセサリーを装飾して登場している。

エピソード

中学3年の時に放送委員会でナレーション、出演、脚本を手がけた学校紹介ビデオを作り、中学生ビデオコンクールコンテストで1位に表彰されている。 高校3年の時に地域産業組合ポスターデザインのコンテストで全国1位で表彰されている。 高校生時代から根っからの Macユーザーであり、2012年までに6台のMacを所持していた。 篠原が一時期よく使っていた「チェキー(Check it)」という言葉を番組プロデューサー水口昌彦が気に入り、企画していたアイドルグループの名前をチェキッ娘に決定。 『LOVE LOVEあいしてる』のレギュラー企画の特別版「篠原ともえのプリプリプリティ!!! International」で、海外ミュージシャンとの交流が多数あり、その一部は単体の企画以上の成果を上げた。以下は一例。 フリオ・イグレシアス - 1997年に突撃。それがきっかけになり、彼の1999年のベストアルバム『マイ・ライフ』で「ジェガステ・ア・ミ・ヴィダ 晴れた空そんな日に」をデュエットすることになった。日本盤のみの収録。 エアロスミス - 1998年に突撃し、一瞬ではあるがその際の映像が、彼らの1998年のシングル「FULL CIRCLE」のプロモーションビデオに使われている。一方、篠原は同企画直後に、スティーブン・タイラーとの出会いと別れをテーマにした「ハロー・スティーブン」(作詞:篠原ともえ/作曲:篠原ともえ、長谷川智樹)という楽曲を製作、スティーブン・タイラーからもらったブルースハープを全面にフィーチャーしている。 ショーン・レノン - 1998年9月17日にインタビューし意気投合。そのまま出演依頼を受けショーンのライブに飛び入り参加して驚かれている。以後、篠原ともえ本人のアルバム作品にもコーラスで参加している。 母方の曾祖母は伊豆諸島青ヶ島の最高巫女といわれた廣江のぶゑ。2010年12月5日には本人の念願であった青ヶ島での無料凱旋ライブを行い、青ヶ島当時人口約177人のうち150人を会場に集め無料ライブを開催、翌日には子供達に星座を説明する星空観望会を主催した。この模様は天文ガイド2011年3月号で紹介された。青ヶ島の公式サイトには本人による星空解説がリンクされている。また、2013年5月には青ヶ島を取り上げたドキュメンタリー番組・NNNドキュメント'13「おもうわよう 東京の孤島に魂が帰る」(日本テレビ、2013年5月20日(5月19日深夜))でナレーションを務め、離島での人々の暮らしを紹介するとともに、祖母とともに先祖の墓参りを行う様子などで一部自らも出演した。 星を見るのが大好きで[23]、高校時代は天文部に所属していた。誠文堂新光社発行の天文雑誌『天文ガイド』2008年2月号の不定期連載記事「星空FAN!」に登場したのがきっかけでプライベートでは日食・月食・流星等の観測をするようになった。天文ガイド2011年3月号・4月号では篠原自身が登場した特集記事「篠原ともえさんと星降る夢の楽園・青ヶ島へ」が掲載された。 深田恭子とは十代の頃から親友で、プライベートで遊ぶことがある。 ヒカシューのファンで、2011年には初のニューヨークライブで競演した。 ライブで、ティーンエイジ・エンジニアリング社製 ポータブル・シンセサイザー OP-1を使用したパフォーマンスを行い、他のアーティストなどから注目を浴びた。

受賞歴

1996年 第34回 ゴールデン・アロー賞 新人賞 (芸能) 2000年 第17回 ベストジーニスト 協議会選出部門

音楽

初作詞は「忘れちゃうモン」(シングル「やる気センセーション」のカップリング。実質的には電気グルーヴの未発表楽曲の補作詞)。初プロデュースはしのランドPUNKの「まるもうけ」。アルバム『MEGAPHONE SPEAKS』製作時、1997年9月に初めて機材(TASCAM PORTASTUDIO 414)を購入し、作曲を始めている、その後、1999年秋までにOMNICHORD、YAMAHA MD8、ローランド・MC-303などを購入。作曲の際は、鼻歌をサンプリングして少しずつ加工し、その音源をプロの編曲家、あるいはコラボレーションするミュージシャンに渡して補作曲・編曲してもらうというスタイルを取っている。

ディスコグラフィ

シングル

1995年7月1日 チャイム アルファベットでB.A.S.S 「石野卓球+篠原ともえ」名義 1996年3月21日 やる気センセーション 忘れちゃうモン 1996年8月1日 クルクルミラクル 篠原ともえのクレクレタコラ 1997年3月1日 ウルトラリラックス レインボーララルー(ノキノキウルトラミックス) 1997年8月1日 まるもうけ - 「しのランドPUNK」名義 1997年12月8日 ココロノウサギ - 1998年1月21日 カロゴンズのテーマ - 「カロゴンズ」名義 1998年5月21日 カロゴンズのラブソング - 「カロゴンズ」名義 1999年2月24日 君んち すてきな日曜日 / THE BEST OF MINE レコード会社移籍1弾 1999年10月14日 HAPPY POINT Story Book / Women in Life(autumn'99 mix) 初のマキシシングル 2000年5月24日 an Audio Loop people / an Audio(RRRRRainbow mix) 2000年8月9日 I wanna say to... fare well / I wanna sey to...(e-mix) 「tomoe」名義 2001年1月24日 キャラだもん Sailing Dream 「篠龍」名義 2004年1月28日 明日に続く空 思い出の花束 「ZuTTO」名義 2004年7月7日 月灯り Chu♡In COME / GIFT(ライヴ) 「MOLMOTT+s」名義 2005年10月19日 ★遊FEVER★ おやつ / Stereo Phonics デビュー10周年記念シングル・久々の「篠原ともえ」名義 2011年3月29日 桜の咲くまで - ※『DIY HEARTS』限定配信シングル。(本人のブログより) 2011年8月14日 桜の咲くまで - 8/14(日)『篠原ともえ青梅凱旋ライヴ』で限定販売。本人のブログより

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