レピッシュ热门歌曲下载
查看全部|
|
歌曲 | 专辑 | 时长 |
|---|
レピッシュ最新专辑下载
查看全部
caldera
2012-10-24
LA-PPISCH BEST 1987~1997 あとのまつり
2008-09-24
ポルノ ポルノ
2008-09-24
make
2008-09-24
WONDERBOOK
2008-09-24
Q
2008-09-24
マイム
2008-09-24
レピッシュ个人资料
组合介绍
明治大学軽音楽部(POP研)に籍を置いていた上田現と、明治学院大学の学生だった雪好が組んでいたテクノバンド「エレベーター」と、演技系の専門学校に通っていたMAGUMI、デザインの専門学校に通っていた杉本が組んでいたパンクバンド「スウィンドル」が合体して結成された。(ちなみに「スウィンドル」と「エレベーター」の接点は、この2つのバンドを兼任していたベーシスト山田剛久が、明治大の軽音楽部(POP研)に所属しており、2つのバンド共に、明治大和泉校舎・新学館地下室を練習の場所に使っていたこと。上田現、雪好、雪好の実兄である周平(元スーパースランプ・聖飢魔IIのガンダーラ金子)は「エレベーター」のメンバーであった ) アマチュア時代、レピッシュ名義での最初期ライヴ時のメンバーは、リードヴォーカル:松岡 章、ギター:杉本狂市、、サイドヴォーカル/パーカッション/トランペット/ダンス・パフォーマンス:MAGUMI、ベース:山田剛久、ドラム:奥井宏。その後間もなく奥井が脱退、ドラムは雪好に代わる。この時期、新宿ACB、目黒鹿鳴館でライヴ活動を展開するも、その後、松岡が脱退、MAGUMIがリード・ヴォーカル/トランペット/パーカッション担当となり、方向性を巡る試行錯誤を経て、1984年秋にキーボード:上田現が加入した。 この時期のメンバーを整理すると、リード・ヴォーカル/トランペット/パーカッション:MAGUMI、ギター:杉本狂市(恭一)、キーボード:上田現、ベース:山田剛久、ドラム:雪好。このメンバーで1985年初頭から積極的なライヴ活動を開始、出演した主なハコは、新宿ロフト、渋谷屋根裏、新宿NYアンチノック、下北沢LAアンチノック(現在の屋根裏。LAアンチノックのこけら落としLIVEはこの時期のレピッシュによるものだった)、下北沢T5、渋谷エッグマン等。この時期、当時の新宿ロフトにおける「昼の部」の動員記録を樹立する等して話題となり、また夏にはヤマハが主催したコンテスト『イーストウエスト』に出場、熾烈な東京都内の地区予選を勝ち抜いて中野サンプラザでの決勝にも出場した。しかしこのコンテストを最後にベースの山田が脱退、その穴を埋めるべく明大軽音部と掛け持ちでジャズ研にも所属していたTATSUが誘われ、メジャーデビュー時のメンバーが揃った。1987年にビクター音楽産業からメジャーデビュー。後に雪好と上田現が脱退。
组合成员介绍
MAGUMI(まぐみ、1963年9月24日 - ) - ボーカル・トランペット
熊本県出身。本名「福田耕一」。血液型A。
ちなみに芸名の由来は『小2の頃おなじクラスだった女の子に「明日からマグミね」と言われた』 と書籍「バンドライフ」内で本人が語っており、由来については不明。
高校卒業後、「とにかくはやく親から独立したかった」と新聞奨学生制度を使って演技系の専門学校に進学した。「合宿みたいで楽しかった」と語る反面「人には薦められない」とも言っている。同時期に恭一のバンド「スゥインドル」の舞台に上がって踊ったりラッパを吹いたりしていた。その後正式にトランペット・コーラスとしてスウィンドルに加入。
BUCK-TICKの櫻井敦司とはメジャーデビューした日と同じだけでなく当時所属していたレコード会社が同じ(ビクター)で、非常に仲がいい。(MAGUMI曰く、櫻井とは飲み屋でパンツを脱ぎあったり、都内某所のカラオケバーで盛り上がったり、自宅で麻雀したりする仲らしい)
酔うと「やたら泣く→生い立ちについて延々語る」という学生時代(恭一・現の時事放談参照)から、デビュー時には「酔うと露出狂」になった。
杉本恭一(すぎもときょういち、1964年3月20日 - ) - ギター・ボーカル
熊本県出身。旧芸名は「狂市」。血液型O。
MAGUMIとは中学時代からの幼馴染ではあるが、実は同じクラスには1度もなっていなかったらしく、お互いの友人を介して仲良くなった。同じ高校に通い、部活と登下校を共にした(ここでもクラスは別だったらしい)。
TATSU (たつ、1967年2月7日 - ) - ベース
東京都出身。本名「等々力達」。血液型B。